館長だより 第38号
館長だより 第38号

安本作品 あれこれ(2)

2013/08/11

   ☆ 「忘れられた歴史家 栗山周一」

 ある新聞記事を探すために、自分が昔作ったスクラップブックを端から調べたことがある。

 目的の記事はなかなか見つからなかったが、その途中で、安本先生の書いた記事を見つけた。

 「忘れられた歴史家 栗山周一」 安本美典(1979.11.2・朝日新聞)

 副題に〔「邪馬台国東遷説」を大胆に 博学を駆使、科学性を貫く〕とある。

 偶然の出会いではあるが、とても興味深い内容なので紹介をする。

 記事には、安本先生が歴史家・栗山周一を知ったきっかけから、著者およびその著作を見つけ出す過程が書かれている。

 栗山周一という人を知っているひとは、あまり多くないと思われるが、栗山氏の先駆性を知れば、邪馬台国研究では忘れてはならない人物であることがわかる。

 安本先生が栗山氏を知る発端は、児童文学者・松居直氏が朝日新聞の読書欄「忘れられない本」に栗山氏の本のことを書いたことにはじまる。

 ≪松居氏はいう。
  「その(本の)中でもっとも強く印象に残り、今もって忘れられないのは、
  ”天照大御神はヒミコの女王である”という意味のことが書かれていた事実である。……
  教科書と全く違う内容の古代の歴史叙述に戸惑いながらも、得たいの知れぬ強い衝撃をうけたようである。(以下略)」≫

 松居氏がこの本を読んだのが昭和15(1940)年の中学生のときである。

 ちなみに、日本軍による真珠湾攻撃が1941年である。皇国史観華やかなりし頃の話である。

 天照大御神は、卑弥呼のことが伝説化したのであろうと主張してきた安本先生は、その著者と著書を知りたいと、強く思ったという。

 その著書とは、栗山周一著『少年国史以前のお話』(1932・大同館書店)である。

 安本先生は国立国会図書館にもないその著書を、早速、私設図書館の蔵書に探しだす。

 そして、栗山氏の著作16点に目を通す。

 ≪栗山氏の諸著書を読むと、栗山氏が教育畑の人であったことがうかがえる。(中略)
  栗山氏が、おどろくべく博学で、正確な知識をもつ読書家であったことがうかがえる。≫

 ≪栗山氏は、みずからについて、記している。
  「私は、一介の無名の書生である。
  学歴もなく、肩書もない淋しい孤独の学究である。」
  「私は、少時歴史家として世に立たんとし内外幾多の史籍を蒐集し、
  これがため貧弱な家財ながら、その大半を蕩尽しつくした。」≫

 ますます栗山氏について知りたくなった安本先生は、著書のなかの一文、「京都の洛西大井川」を手がかりに著者を調べる。

 ≪これは一つの手がかりである。
  私は、京都の洛西地方の、栗山姓の方についてしらべた。≫

 そして、栗山周一氏につながる人を見つけ、話を聞く。
 ≪栗山周一氏は、明治二十五年に生れ、昭和十六年に、四十九歳で没しておられる。(中略)
  生前の著書、およそ三十冊。
  栗山暎八郎家には、それ以外に、四百字づめ原稿用紙に換算して八千枚以上の原稿が、未刊の形で残されている。(中略)
  それら膨大な原稿をみて、故人のおそるべき執筆力に、私はただ唖然とした。≫

 ≪栗山氏の古代史研究は、おそるべき合理性、科学性によってつらぬかれている。(中略)
  栗山氏は『日本書紀』に記されている年代は、「まったくでたらめの年代」であり、約一千年の錯誤であることを説く。
  天皇の一代平均在位年数から推算するなど、合理的根拠を示し、神武天皇以後すべての天皇が実在したとしても、
  大和朝廷の成立は、邪馬台国以後となることを説く。
  当時としては、破天荒なことである。≫

 ≪戦前において、栗山氏ほど、明確大胆に、合理的根拠を示し、この説を詳論した人はいない。
  時代にめぐまれず、忘れられた天才的な歴史家、栗山周一氏。没後、三十八年。
  鎮魂のために書いたこの文章が栗山氏復活の序曲となれば幸いである。≫


 栗山氏の合理的、科学的な古代史研究は賞賛に値するものであり、その勢力的な執筆力は驚異的である。

 惜しむらくは、若くして逝去されたことである。

 あまりにも密度の濃い研究人生を生きたために、天才は薄命なのであろうか。

 それにしても、安本先生の探究心、探索力、行動力にも驚きである。

 求めよ、さらば、与えられん!を地で行く安本先生のエネルギーには、脱帽である。


  (付 記)

 栗山氏の『少年國史以前のお話』の内容については、安本先生の「研究史 邪馬台国東遷説(一)」(『季刊邪馬台国』第2号)に詳しい。

 栗山氏の年代論については、安本先生の「入門・統計的年代論 連載第2回」(『季刊邪馬台国』第116号)に詳しい。

 ちなみに、栗山氏の著作についてネット古書店「日本の古本屋」をみると、
  『日本闕史時代の研究』、『文學法に基く國史教育の行動的三大革新論』、
  『最近史潮歴史教育の根本的革新論』、『現今の殺人的教育』などが販売されている。


  朝日新聞 1979.11.2の記事を見たい方は「忘れられた歴史家 栗山周一」をどうぞ。



  写真1:栗山周一の写真(『季刊邪馬台国』第116号・2013より)

  写真2:『少年國史以前のお話』の中扉(『季刊邪馬台国』第116号・2013より)


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