千葉支部 第7号
千葉支部 第7号

活動報告(4)

2016/02/28

   ☆ 第4回 勉強会 開催!!

 2月13日(土)に第4回 勉強会が開催された。

 2月にしては暖かな日和である。

 今回も会場は狭い「邪馬台国図書館」ですることになった。

 参加いただいた方には、イスも座布団もなく、まことに申し訳ない。

 参加者は総勢で9名、感謝申し上げる。

 講師は、神奈川県在住の岡田誠治さんにお願いをした。

 岡田さんは、「邪馬台国の会」はもちろん会の末永理事の主宰する「川崎支部」の一員でもある。

 その上、地元の「麻生歴史の会」にも所属されている歴史の愛好家である。

 今回のテーマは、「王朝交代説の諸説を読み解く」である。

 まず取りあげたのが王朝交代説では横綱格の江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」である。

 扶余族が任那から北九州に渡来し、ヤマトヘ進出して大和朝廷を樹立したという説である。

 崇神天皇の名にある「御真木(みまき)」が「ミマナの城(き)から入ってきた王」という。

 つぎは水野祐の「三王朝交代説」である。

 「イリ」の名が集中する崇神の古王朝、河内に東遷した仁徳の中王朝8代、越前から進出した継体の新王朝。

 これ以後、多くの研究者によりさまざまな王朝の存在と興亡の歴史が研究、提唱されていく。

 河内王朝説では、朝鮮及び九州の勢力が河内で王朝を作りヤマトへ進出したという井上光貞説、
 河内の在地勢力がヤマトへ進出という直木孝次郎説・岡田精司説、
 ヤマト勢力の衰退にかわり河内に新王朝形成の上田正昭説など多数の説があらわれる。

 鳥越健三郎の葛城王朝説、岡田英弘の河内−播磨−越前説、林辰三郎の近江王朝説など百花繚乱状態となる。

 これらの諸説を、岡田さんは天皇・豪族の系図を交え、詳細にしかも分りやすく説明してくれる。

 最後にその諸説の批判まで解説したくれた。

 なるほどと思いながら聞いていたが、あまりにも多くの王朝説を一辺に教えてもらったので、結局なんだかわからくなってしまった。

 岡田さんによれば王朝交代はあったと思われるけど、どれが正しいかはよくわからない。

 系図もごちゃごちゃに錯綜していて、はっきりしたことは何とも言えないということらしい。

 岡田さんは、その複雑なからみ合いを一つ一つ紐解いていくのが、とても楽しいという。


 休憩を挟んで、つぎは「倭人伝の読み直し」の3回目に移る。

 倭人伝をそのまま読むと、邪馬台国がどこにあるか決められず、自説に都合よく文言を手直しする。

 九州説は方角はいいが、日程を直す。

 近畿説は日程はいいが、方角を直す。

 これでは、なんでもありということになってしまう。

 そこで、陳寿の記述通りに解釈したらどういう地図が描けてくるのか考えてみる。

 まず、方角は「帯方の東南の大海の中」とある。

 これは陳寿の記述だけでなく、それ以前も、以後もすべての史書が「東南」としていることがわかる。

 それを平野邦雄氏は「南北の軸線」と呼んでいる。

 「東西の軸線」は「女王国の東、海を渡る千余里」の倭種の国々という。

 つぎに里程は「郡より女王国に至る万二千余里」とある。

 渡邉義浩氏によると、当時の中国では、天下を方一万里考えているという。

 そして西域から朝貢した「大月氏国」は「洛陽を去ること16,370里」と『後漢書』にある。

 東夷から朝貢した「女王国」は洛陽−帯方が5,000里、帯方−女王国が12,000里、計17,000里である。

 司馬懿の功績を偉大なものに賛美するために、わずかでも遠くにと認識した結果こうなったと渡邉氏はいう。

 実際の位置とは関係なく、陳寿が思い描いた地図は記述通りに描くとこういうことになる。

 この渡邉説をもとに、千葉支部の永田憲行さんが陳寿の記述通りの地図を作った。

 永田地図の洛陽と帯方の位置を実際の地図の位置に縮尺を合わせて載せてみる。

 なんと、永田地図の倭国の位置が会稽東冶の東にある。

 タン耳・朱崖も倭国の南端に来る。

 陳寿の記述に矛盾はなかった。

 今度は、帯方郡以降の陳寿の描く地図を、実際の朝鮮半島、日本列島の縮尺に当てはめれば、女王国の位置が特定できるかもしれない。

 これは、次回への宿題とする。

 最後に邪馬台国問題で引き合いに出される古地図に「混一彊理歴代国都之図」(15C)がある。

 この地図には、朝鮮半島が大きく引き伸ばされ、日本が90度ほど南に曲げて描かれている。

 近畿説における南は東の間違いの説明によく出てくる。

 ところが、日本列島が正しく東西に描かれている「混一彊理歴代国都之図」が島原市の本光寺で既に見つかっている。

 方位問題では、「混一彊理歴代国都之図」を根拠にはもうできない。

 時間が足りなくなり、早足で説明をしてしまった。わかってもらえただろうか。

 終わってから、例のごとく喫茶店で懇話会をした。

 みなさん、お疲れ様でした。ありがとうございます。


 写真上:江上波夫 『騎馬民族国家』(1967・中公新書)の表紙。

 写真下左:龍谷大学図書館所蔵の「混一彊理歴代国都之図」(部分)

 写真下右:本光寺所蔵の「混一彊理歴代国都之図」(部分)



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