千葉支部 第5号
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活動報告(3)

2015/12/20

   ☆ 第3回 勉強会 開催!!

 11月7日(土)に第3回 勉強会が開催された。

 今回は、やっと雨に会わずに勉強会ができた。

 会場は前回使用した公民館が、耐震工事のため使えないので、再び「邪馬台国図書館」ですることになった。

 狭い所なので、参加の方々には申し訳ない。

 集まっていただいた方は、のべ総数で8名である。

 というのは、会場を探すために時間を少し過ぎてお見えになった方、体調をくずされて途中でお帰りになった方など参加者に出入りがあったからである。

 講師は、神奈川県在住の菊池秀夫さんにお願いをした。

 菊池さんは、ご自身が主宰する「九州の歴史と文化を楽しむ会」で毎月講演会を開催されている。

 その上、昨年発足した「全国邪馬台国連絡協議会」の事務局長として活躍されている。

 今回は、菊池さんが長年研究されてきて、研究の進展にともなって、その都度少しづつ発表されてきたテーマの集大成である。

 演題は、「邪馬台国と狗奴国とヤマト王権」である。

 副題に、―日本のはじまりは南九州から―とある。

 研究のきっかけは、ご自身の名前からである。

 菊池さんの名前はキクチと読むが、『和名抄』ではククチ(久々知)と記している。

 「魏志倭人伝には、狗古智卑狗(クコチヒク)」が出てくる。

 菊池一族の住む熊本県の菊池川流域が狗奴国であると立証できれば、おのずと邪馬台国の位置が決まる。

 菊池さんは古代九州の鉄器の出土分布に注目して、九州中南部では阿蘇山を中心にして東西の地域に密集していることを見つけた。

 ≪九州北部と中南部の鉄の遺物の出土状況の相違が女王国連合と狗奴国の対立を物語っているように思われる。≫と説く。

 突破口を見つけた菊池さんの論考は一気に展開する。

 熊襲と隼人と狗奴国、免田式土器と呉の鏡、伝承と考古学の接点、「君が代」と隼人舞、そして古代日本国の復元へと突進む。

 熱が入り、予定の1時間半がすぎても講演の終わる気配はない。

 休憩を入れて、あと30分で無理にまとめていただいた。

 九州北部と中南部の争いの後、勝利を収めた中南部勢力が東方へ移動しヤマト王権を樹立すると菊池さんは考える。

 その壮大なドラマの細部は、立証材料を探索途中のものもあり、まだ想像の域をでない部分も含んでいる、という。

 これからの成果を期待したい。

 当日参加者に配布した菊池さんの資料集には、14ページの本論がある。

 そのほかに16ページにもおよぶ今まで集めた根拠となった資料の蓄積がある。

 質量とも、圧倒され続けた2時間であった。


 前回と同様、次に予定していた私の「魏志倭人伝」の(2)の時間がだいぶ圧迫されてしまった。

 しかし、これほどに濃密な論証を聞くことができたことは、私にはとてもうれしかった。

 とはいえ、やるべきことはやらねばと気持ちを切り替えて、今回の項目の東夷伝の序文を読む。

 ここに陳寿の執筆目的が明確に書かれている。

 ≪故に其の国を撰次し、其の同異を列し、以て前史の未だ備えざる所に接せしむ。≫

 ここで問題なのが「未だ備えざる所」の箇所である。

 通常は、分らなかった東夷諸国の風俗習慣や政治体制などのことと考えられている。

 この部分を、「東夷伝」の前にある「烏丸伝」のなかの北狄伝序文を受けていると生野真好氏が指摘している。

 生野氏の『「倭人伝」を読む』(1999・海鳥社)に書かれている。

 なるほど、一理あると私も思う。そこで、氏の説を紹介する。

 北狄伝序文には、≪故に但、漢末・魏初以来を挙げ、以て四夷の変(反乱・侵略)に備えんと云う。≫とある。

 東夷伝序文の「未だ備えざる所」は蛮族の風俗習慣を意味するのではなく蛮族の反乱に対する備えに必要な情報ということである。

 蛮族の国の位置、国境までの距離を知らなければ乱には備えられない。

 備えをするための情報を記すことが東夷伝執筆の目的であると陳寿は記しているのである。

 つまり、東夷伝は国境守備、防衛白書ということになる。

 そこで、それを明らかにするために勉強会で各国の条文を読み、資料にその記すところの図を掲載した。

 「東夷伝」は、「倭人の条」だけを読んでいては、陳寿の意味することがわからないのである。

 実際に、東夷伝の各国の条の書き出しはすべて、国の位置、国境までの距離、隣国はどこかなどが書かれている。

 では、倭人の条はどうか、一番重要なところであるが時間がなくなってしまった。

 残念ながら、以降は次回にまわすことにした。

 帰りは希望者というか、みんなで駅前の喫茶店に入り、質疑応答、自説主張などを活発に語り合い親睦を深めた。


 写真上:熊本で講演する菊池秀夫さんの様子。(当日の写真がないために、ネット ユーチューブ「さかのぼり熊本の古代史」より拝借)

 写真下:菊池秀夫著作本 左 『隼人族呉人説』(2006・新風舎)、右 古事記伝説(2012・兼六館出版)共に著者名は久々知武



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