館長だより 第93号
館長だより 第93号

館長の見聞録(41)

2016/11/20

   ☆ 奈良博の第68回正倉院展

 先日、奈良国立博物館で開催の第68回正倉院展を見てきた。

 今回の目玉は漆胡瓶(しっこへい)である。

 なかなか見ることのできない逸品で、18年ぶりの展示という。

 展示会のポスターになっている。(写真1)

 漆胡瓶はペルシア風の水差しである。

 高さが41.3cm、胴径が18.9cmである。

 とても形がいい。

 丸い胴体になめらかな曲線を描く鳥の長い首を付け、その先にを鳥の注ぎ口のせている。

 漆黒の地に銀板の切り抜きによる紋様が貼られた平脱(へいだつ)技法で、草原に遊ぶ鹿やオシドリが表わされている。

 漆胡瓶がどのような技術で作られているか、いままでわからなかったが、X線調査で今回わかったという。

 テープ状にした木の薄板を紙テープのように同心円状に巻き、外側の薄板を徐々に上へずらし、球の半分を作る。

 同じ技法で各部分を作り、合せて全体の形を作る。

 巻胎(けんたい)技法という。

 生地の成形ができると、漆で彩色をする。

 この技術で作られた漆胡瓶は千年以上の時を経ても形にくるいがないという。

 解説には、西方に由来する器形と、東アジアで編み出された巻胎技法・漆芸技法とが融合した、
 まさに当時の国際的な交流の産物といえる品である。と書かれている。


 大幡(だいばん)もすばらしい。

 21世紀の今日にこれだけ鮮やかな色が残っているとは、奇跡だ。

 大幡は復元総長13〜15mに及ぶと考えられる巨大な布帛(ふはく)製の染織幡である。

 大幡の本体は幡頭(ばんとう)と幡身(ばんしん)から成り、加えて組紐(くみひも)の舌(ぜつ)と幡手(ばんしゅ)が付く。

 さらに本体の側に少しずつずらしながら12条の幡脚(ばんきゃく)が付き、幡脚の末端に脚端(きゃくたん)飾りが付く。

 今回の展示では、大幡残欠 458cm(写真2)、大幡脚 190cm(写真3)、大幡脚端飾 43.5cm(写真4)がすべて見られる。(3、4はほぼ同縮尺で2の2倍)

 錦と綾の織物や暈繝染(うんげんぞめ)の?(あしぎぬ)、それに組紐と染織技術の粋が集まっている。

 解説に、染織工芸の粋を尽くした豪奢で巨大な幡は、わが国に花開いた天平文化の精髄を伝えるにふさわしいといえよう、とある。

 天平勝宝九歳(757)に、僧千五百余人を東大寺に集め、大仏殿で執り行われた聖武天皇の一周忌斎会(さいえ)にて法会(ほうえ)の場に、この大幡が空高く飾られたのである。


 他に、鳥木石夾纈屏風 (とりきいしきょうけちのびょうぶ)(写真5)がある。

 夾纈屏風は、聖武天皇お側近くにあった板に挟んで模様を染めた屏風である。

 粉地金銀絵八角長几(ふんじきんぎんえのはっかくちょうき)(写真6)もある。

 八角長几は、長八稜形をした仏様に捧げる献物を載せる台である。

 銀平脱龍船墨斗 (ぎんへいだつりゅうせんのぼくと)(写真7)など貴重な宝物がある。

 龍船墨斗は、龍頭形の装飾を付けた船形の墨壺である。

 それにも増して、私が興味と驚きをもって見たのが、アンチモン塊 とウ(竹かんむりに于)である。

 アンチモン塊 はアンチモンのインゴットである。(写真8)

 当時、銅の合金に錫が使われていたが、錫の代用にこのアンチモンが使われたという。

 日本最初の貨幣である富本銭にはアンチモンが含まれているらしい。

 現代の工人が銅とアンチモンで合金を作ってみたら、錫の場合と遜色ないとNHKで放送していた。

 現在、アンチモンは半導体など電子材料の用途として重要なレアメタルのひとつである。

 古代の遺跡から出土する銅鐸や鏡は、銅の合金のひとつである青銅である。

 その原料が銅と錫であり、中国からもたらされるとき合金で来たのか、別々のインゴットで来たのか、考古学上で問題となっている。

 アンチモンがインゴットで正倉院に保存されているということは、原料が別々の形で来ていた可能性がありそうな気もする。

 銀白色に光るアンチモン塊は我々になにを教えてくれるのか、興味深い品である。


 もうひとつが、ウである。(写真9)

 ちょっと、聞かない名称である。

 ウは雅楽の楽器のひとつであり、笙(しょう)と同形である。

 壺と呼ばれる円筒形の部材の上に竹管を縦に並べた管楽器である。

 形はウが大きく、音は低い、笙は小さく、音は高い。

 壺は、漆胡瓶と同様に黒漆塗に、銀平脱で文様が施されている。

 竹管には、斑竹に似せて斑文を描いた仮斑竹(げはんちく)を用いている。

 現在の雅楽では、ウは使われていない。

 消滅した楽器である。

 なぜ興味を持ったかというと、名前で「笛吹」という人がいる。

 文字通りに「ふえふき」と読む人と、「うすい」という人がいる。

 「笛」には「ふえ」と「てき」の読みしかない。

 なぜ、「うすい」というのだろうと長年思っていた。

 あるとき、ウという笛があることを知り、なぞが氷解した。

 ただし、ウの実物を見たことがなかった。

 それが、目の前にある。これかあ!

 おどろき、そして感激した次第である。


  写真 1:第68回正倉院展ポスター

  写真 2:大幡残欠 (HP「奈良国立博物館 第68回正倉院展」より)

  写真 3:大幡脚 (HP「奈良国立博物館 第68回正倉院展」より)

  写真 4:大幡脚端飾 (HP「奈良国立博物館 第68回正倉院展」より)

  写真 5:鳥木石夾纈屏風 (HP「奈良っこ 第68回正倉院展」より作成)

  写真 6:粉地金銀絵八角長几(HP「奈良っこ 第68回正倉院展」より作成)

  写真 7:銀平脱龍船墨斗 (HP「奈良っこ 第68回正倉院展」より作成)

  写真 8:アンチモン塊 (館長撮影)

  写真 9:ウ(写真が見つからなかったので『第48回正倉院展』図録より代用)


トップへ

戻 る 館長だより HP表紙 進 む
inserted by FC2 system