館長だより 第62号
館長だより 第62号

安本作品 あれこれ(6)

2014/10/26

   ☆ 日本語研究の新聞記事 二篇

 蔵書目録を作るために、このところ、昔作った新聞記事のスクラップブックを整理をしている。

 そのなかで、安本美典先生が執筆した日本語に関する記事を偶然二篇みつけた。

 ひとつは 数字ではかる日本語の起源 「古極東アジア語」が核――安本美典(1972.7.28・読売新聞)である。

 安本先生はいう。

 ≪日本語はどこからやって来たのだろうか。
  あるいは、どのようにして成立したのであろうか。≫

 まず、本論のテーマを掲げる。

 その研究の方法として、外国では言語間の距離を調べるていると紹介している。
 ≪外国の雑誌には、言語と言語との間の近さの度合を、数字ではかる研究が、いくつか発表されている。
  確率論や、推計学、因子分析法などを基礎とするもので、
  一種の相関係数によって、言語間の距離をはかるものである。≫

 先生は、この方法を使って日本語と世界の250ほどの諸言語との言語間の距離を数字で表す。

 結果、ひとつの関係が出る。

 ≪まず、日本語、朝鮮語、アイヌ語の三つは、相互に、確率論的に偶然とはいえない関係を示し、
  ひとつのまとまりをみせている。
  私たちは、これらの言語を、「古極東アジア語」系の言語となづけた。≫

 古極東アジア語系の言語は、語彙の近さでまとまりをみせるばかりではなく、音韻上、文法上の多くの共通性をもつという。

 ≪「古極東アジア語」は、アルタイ系諸言語から古く分離したものらしく、
  アルタイ諸言語とのあいだには、大きなみぞがある。
  日本語の形成にあたっては「古極東アジア語」が核をなしているらしい。≫

 日本語は、「古極東アジア語」系の言語を基に形成されているということである。

 しかし、数詞や人体語(手、口、鼻など)などは、朝鮮語やアイヌ語ではうまく説明できないという。

 これらは、ビルマ系言語やインドネシア語との関係で近いものがあるらしい。

 そこで先生は考える。

 日本語は大枠では、「古極東アジア語」系の言語をもとに形成されているが、一部、

 ≪数詞や人体語は、弥生時代のはじめごろ、どうやら稲作とともに、南方からもたらされたものらしい。≫

 「古極東アジア語」系の言語を基に形作られつつあった日本語に、南方系言語の影響が加わり、古代の日本語が形成されたということらしい。

 それが、弥生時代のはじめという。

 言語の分析から、こんなことが導き出されるとは驚きである。


 もうひとつの記事は アイヌ語と日本語――音韻、文法など無関係ではない 安本美典(1973.3.14・毎日新聞)である。

 昭和40年代当時、アイヌ座像の爆破、博物館のアイヌ展示コーナー爆発などの事件を示し、アイヌについて一般に多くの誤解があると、安本先生は伝える。

 そして、アイヌ民族と日本人との形成の関係に話は移り、その研究史の概略を述べる。

 シーボルトが「アイヌ先住民族」説を説き、小金井良精、浜田耕作、鳥居龍蔵らに引き継がれる。

 言語学では、バッチェラーが単語の比較から、アイヌ語基層説をとなえる。

 それに対しチェンバレンや金田一京助は、文法構造が異なるとしてアイヌ語基層説を否定。

 その後、服部四郎がアイヌ語と日本語に遠い親類関係があるかもしれないとする。

 安本先生らがアイヌ語と日本語の言語間距離の研究をおこない、日本語、朝鮮語、アイヌ語の三つは、ひとつのまとまりをみせているという結論に達する。

 そして、最近の人類学の主流的見解にふれる。

 ≪最近発達してきた多変量解析法などの数量的方法によって、
  数多くの指数を総合的にとりあつかうとき、アイヌ白人説などは否定され、
  アイヌはわれわれモンゴロイドに近いという。≫

 言語学での数量的研究と人類学での数量的研究が同様な結論を導き出したということである。

 ≪言語や民族の起源をさぐる問題においては、
  多くのデータを公平にとりあつかう総合的、
  客観的な方法が必要とされるが、数理科学やコンピューターの発達によって、
  そのような条件が次第にととのいつつあるといえる。
  アイヌ語や日本語の起源問題なども、いまいちど考えなおされるべき時期にきているようである。≫


 上記の二つの論文の具体的な研究内容は『研究史日本語の起源』(2009・勉誠出版)に詳しい。

 新聞記事から30年の成果がそこにある。


  記事上:数字ではかる日本語の起源 「古極東アジア語」が核――安本美典(1972.7.28・読売新聞)

  記事中:アイヌ語と日本語――音韻、文法など無関係ではない 安本美典(1973.3.14・毎日新聞)

  挿図下:『研究史日本語の起源』(2009・勉誠出版)の表紙。


 日本語の起源に関する安本美典著作には以下のようなものがある。

   『研究史日本語の起源』  (2009.7・勉誠出版)
   『言語の科学』  (1995.4・朝倉書店)
   『言語の数理』(共著・野崎昭弘)  (1976.7・筑摩書房)
   『新説!日本人と日本語の起源』(新書)  (2000.5・宝島社)
   『新説 日本人の起源』  (1990.8・JICC出版局)
   『新・朝鮮語で「万葉集」は解読できない』  (1991.8・JICC出版局)
   『朝鮮語で「万葉集」は解読できない』  (1990.1・JICC出版局)
   『日本語の起源を探る』(新書)  (1985.3・PHP研究所)
   『日本語の起源を探る』(文庫)  (1990.10・徳間書店)
   『日本語の成立』(新書)  (1978.5・講談社)
   『日本語の誕生』(共著・本多正久)  (1990.4・大修館書店)
   『日本語はどのようにつくられたか』(監・著)  (1986.4・福武書店)
   『日本人と日本語の起源』  (1991.9・毎日新聞社)
   『日本民族の誕生』  (2013.10・勉誠出版)


トップへ

戻 る 館長だより HP表紙 進 む
inserted by FC2 system