私の名字は、笛木(ふえき)である。名字としては少数派である。
子どもの頃に見た都内の電話帳には4〜5軒しか載っていなかったと記憶している。
そのためか、その発祥、先祖などに興味がある。
図書館で、森岡浩 編『日本名字家系大事典』(2007・東京堂出版)で調べる。
≪笛木 上野国緑野郡笛木(群馬県新田郡新田町)発祥。
戦国時代は後北條氏の家臣に笛木氏があった。
現在は群馬県と新潟県の県境に多く、群馬県利根郡新治村と
新潟県南魚沼郡塩沢町でベスト10に入っている。≫私の父は新潟出身である。なるほどと思う。
丹羽基二『日本人のルーツがさぐれる・・・の苗字辞典』(1994・KKベストセラーズ)には別の記述がある。
≪笛木という姓は北関東一帯を中心として少しある。
フエキとよむが、「笛を吹く木」の意味だ。(中略)
風が吹いて、木が鳴ると笛を吹いているように聞こえるので「笛吹木」(ふえふき)と言い、やがて笛木になった。(中略)
笛木村ではもっと具体的な話が伝わっている。
「天正十年、ここに住み着いた新田氏の遺族が洪水のたびにこの木にのぼり笛を吹いた。
のち、笛吹長者と言われて敬われ、笛木姓としてつづいた。」(以下略)≫笛吹き長者とはおもはゆい。いまは見る影もない。
戦国時代まではさかのぼれたが、ここに住み着く前はどうであろうか。
笛木の仲間の名字に笛吹がある。
笛吹は「ふえふき」と読むが、少なからず「うすい」という場合がある。不思議な読み方である。
笛はどんな辞書をみても「う」という音はない。
逆に、「うすい」には別の表記がある。碓氷峠や臼井さんなどである。
そこで「うすい」の表記にどんなものがあるか調べる。
丹羽基二・日本ユニバック 編『日本姓氏大辞典 表音編』(1985・角川書店)をみる。
≪ウスイ 宇吹、宇水、…碓井、碓氷、…笛吹、笛木…臼居、薄井…≫
全部で、26個もある。
驚いたのは、笛木も「うすい」と読まれている場合があることである。
笛吹の吹は吹奏楽の吹だから、「すい」と読まれるのは当然といえば当然だが、木にはそう読める根拠がない。
ひょっとしたら、「*吹」(うすい)→「笛吹」(うすい、ふえふき)→「笛木」(うすい、ふえき)という流れかもしれない。
もともと「うすい」とよばれる漢字表記の名字があって、それが一字替わって「笛吹」と書かれるようになった。
読み方は「うすい」のままと、漢字にあわせて「ふえふき」とよむ、二通りになった。
さらに、一字替わって「笛木」となったが、「うすい」のよみかたは残り、漢字にあわせた方は「ふえき」となった。
想像はできても、根拠がない。ここで、探索は頓挫した。
ここまでのことを友人に話した。その友人から、ある日ファックスがきた。
≪「フエフキ」→「フエキ」と思われる。
これは上代では、「ウスイ」といわれている。
古代では笛の代わりに「」(う)という36本又は19本の竹管の笛を用いた。
それを吹(うすい)といったが、一本の横笛になって笛吹の字に改めた。≫はほとんど使われない文字である。パソコンでは変換できない。
は竿(さお)とは異なり、宇宙の宇のウ冠を竹冠にした字である。最終画がはねる。
ファックスは私のわからなかったことをズバリ教えてくれた。 感謝、感謝!
そういえば、諸橋轍次・他 共著『新漢和辞典』(1963・大修館書店)の記述を思い出した。
≪【笛】テキ・ふえ
竹のくだに七つの穴をあけて吹き鳴らしたもの。
また、・笙・尺八など、すべて吹き鳴らす楽器をいう。≫や笙は、時として単に笛といわれることがあるということである。
「吹」から「笛木」までの変遷とその理由がわかった。
しかし、私はという楽器を知らない。
『角川古語大辞典 第1巻』(1982・角川書店)で調べる。
≪う 【】 名詞
竹製の管楽器の一。笙(しょう)の一種で大型で音の低いもの。
古代シナで用いられ、初め三十六管であったが、後に十九または十七管となった。(中略)
わが国にも古く渡来し、正倉院にも遺品があるが、平安朝以後はあまり用いられなかったらしい。≫『正倉院の世界』(別冊太陽)(2006・平凡社)をみる。
「呉竹笙」(くれたけのしょう)と「呉竹」(くれたけのう)の写真がある。
≪呉竹笙 南倉 総長53.1(右)
呉竹 南倉 総長78.8(左)≫笙は知っていたが、は聞いたことがない。
説明によると、は笙の大型である。
これで、笛木の元が笛吹で、その元が吹とわかった。
これをたどれば笛木の先祖にたどり着くことになる。
安本美典先生の講演会で『新撰姓氏録』という本の存在を知った。
『新撰姓氏録』は古代氏族の先祖について書かれている本である。
うまくすると、この本のなかに吹、笛吹、笛木の名前があれば、わが一族の先祖がわかるかもしれない。
図書館から佐伯有清 著『新撰姓氏録の研究 本文編』を借りる。
なんと、「笛吹」(別本では笛吹連)がある。 じぇ、じぇ、!
右第十八巻 河内國神別の天孫のなかにある。
そこには「火明命之後也」と書かれている。 じぇ、じぇ、じぇ、じぇ!!
火明命(ホアカリノミコト)は『古事記』では天火明命、『日本書紀』では火明命、天照国照彦火明命、とある。
また『先代旧事本紀』には天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤノミコト)と記されている。
火明命は、天孫降臨をした邇邇芸命(ニニギノミコト)の兄ともいわれている。
邇邇芸命は忍穂耳命(オシホミミノミコト)と豊秋津師比売命(トヨアキヅシヒメノミコト)の子である。
忍穂耳命は天照大御神(アマテラスオオミカミ)の子である。
つまり、火明命は天照大御神の孫、天孫である。
ということは、「笛木」の先祖は「天照大御神」ということになる、のかな?
じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ、じぇ!!!!
挿図 上:邪馬台国の会のマスコットキャラクター「ひみこちゃん」挿図 中:「呉竹笙」(くれたけのしょう)(右)と「呉竹」(くれたけのう)(左)(『正倉院の世界』(別冊太陽)より)
挿図 下:『新撰姓氏録の研究 本文編』(1962・吉川弘文館)の中扉(右)と該当ページ部分(左)
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