大英博物館の所蔵するパピルスに描かれた「死者の書」が来ているという。今まででも、エジプト展に「死者の書」は何回も展示され、その都度見ている。
それが、今回は桁が違うらしい。
パンフレットには、”六本木で37mの「死者の書」パピルス日本初公開!!”とある。
そんなに長いパピルスは見たことがない。
長〜いパピルスを見に、六本木ヒルズの森ビル52階まで行ってきた。(展示会開催期日:7/7〜9/17)(第1図 カタログ表紙)
古代エジプトでは、人は死後に冥界の旅を経て、来世で復活すると考える。死出の旅の途中で多くの神に会い、さまざまな試練に乗り越えなければならない。
そこで場面ごとにいろいろな知識が必要となる。それらを描き綴ったのが「死者の書」である。
「死者の書」は、神々との出会いに備え、悪魔との戦いに勝つための呪文集であり、
来世への旅の行程を教える案内書でもあり、正しい祈りの捧げ方や供犠のあり方を示す宗教文書でもある。今回展示の「死者の書」は、寄贈者の名をとって「グリーンフィールド・パピルス」と呼ばれている。
「グリーンフィールド・パピルス」の主人公(死者)はネシタネベトイシェルウという女性である。
彼女の父は大司祭であり、夫は司祭で、自身も高位の神官という最高権威に囲まれた環境にいた人物である。
それゆえにこれほどの「死者の書」を作り、副葬することができたと考えられる。
発見された当時の「死者の書」は、幅が46.0〜49.5cmの巻物であった。(第2図)
現在は、96枚に切断され、それぞれがガラスケースに入れられて保管されている。
大英博物館は、ずいぶん思い切ったことをする。
その点、日本の巻物は紙や布で出来ているせいか、開閉にさほど無理がなく、鳥獣戯画は切断をまぬがれている。よかった。
「死者の書」の展示室では、「グリーンフィールド・パピルス」が壁面に沿ってグル〜ッと、37mすべてが並べられている。
圧巻であり、壮観である。「死者の書」以外はなにもない。それがまたいい。(第3図)
では、女性神官ネシタネベトイシェルウが永遠の生命を手に入れるまでを「死者の書」にそって追ってみる。まず、何はともあれ冥界の王 オシリス神に礼拝である。(第4図)
右側に捧げ物を持ち、礼拝する死者。その左側に王杖と殻竿を持ち、礼を受けるオシリス神。オシリスは再生・復活の神である。
ここから死者の冥界への旅がはじまる。
次は葬送行列である。(第5図)
上段は死者のミイラが入った棺を船形のソリに乗せ、牛が引いている。棺の横で泣き女が悲しみを表わしている。
下段副葬品を入れた厨子を人々が引いている。厨子の上にはミイラ作りの神であるアヌビス神を表わすジャッカルが死者や副葬品を守っている。
次は口開けの儀式である。(第6図)
上段では、アヌビス神に支えられたミイラが、神官の呪文により五感を取り戻す。
口開けの儀式は最重要儀式で、この儀式を経て、ミイラに宿る死者のカー(霊的存在)は供物を口にしたり、呪文を唱えることができるようになる。
口開けの儀式には、手斧(ちょうな)が用いられる。
下段には、前脚を切られた子牛と悲しむ母牛が描かれている。
子牛の前脚と心臓は生命力の象徴として死者に捧げられる。
次は行く手を邪魔するワニやヘビを撃退する場面である。(第7図)
古代エジプト人は日常的に凶暴な動物の脅威にさらされていた。
冥界の旅でも同様に凶暴な動物から危険な目に会うと考え、死者が槍を手に撃退の呪文を唱える。
ワニやヘビは顔を背けて逃げていく。
【呪文】あっちへ行け!下がれ!危険な動物よ!私に向かってくるな!
次が審判である。(第8図)
冥界の旅のクライマックス、オシリス神による審判である。
死者の心臓が、「真実」を意味するマアトの羽根と天秤にかけられる。
死者が生前正しい行ないををしていたか、どうかの判決が下る。
アヌビス神が天秤を監視し、トト神(トキの顔)が判決を記録する。
釣り合えば、永遠の命を約束され、釣り合わないと、怪物アメミトによって心臓が食べられてしまう。
カーは消滅する。死者が最も恐れる「第二の死」である。
右端で死者が、自分の心臓が計られるのを見守っている
【呪文】おお、母なる私の心臓・・・私を訴える証人にならないように。
最後がイアルの野である。(第9図)
古代エジプト人が憧れた来世の楽園である。
審判をくぐり抜け、楽園に入ることが許され、永遠の命を得る。
ここでは生前と変わらない生活が約束され、農耕や家事はシャブティ(副葬品の人形)が代わりにやってくれる。
【呪文】私に与えられたシャブティよ。なすべき労働を課せられた場合、おまえは私のために派遣されるであろう。
追加の場面。冥界への旅はイアルの野で終わるが、「グリーンフィールド・パピルス」には他の「死者の書」には珍しい天と地のはじまりの図がある。(第10図)
下に横たわる大地の神、ゲブ。その上に重なっていた天の女神ヌウト。
二神の仲があまりにもいいので、父のシュウ神が嫉妬して、二神を引き離す。
ヌウト女神は指先とつま先で体を支えている。
その下で両手を左右に挙げているのがシュウ神である。
これによって、天と地がわかれ、いまのようになった。
なんとも、人間くさい理由で天地がはじまったものである。
冥界での壮大な冒険の旅が終わってみると、古代エジプト人が来世に何を求め、それを得るためにいかに頭を悩ましたかがよくわかった。どうして、たくさんの護符をミイラにまきつけ、数多くの呪文を用意し、代理労働者のシャブティを何人も用意しなければならなかったのかが理解できた。
このエネルギーが古代エジプト文明を生み出した要因の一つと思うとなんともほほえましくなる。
会場を出て、ショップをうろうろしていたときに、若者の話し声が聞こえてきた。
”要は、「死者の書」っていうのは、ドラクエの攻略本と同じだな”
なるほど、ひと言でいい当てている。思わず笑った、声を出さずに。
これほど簡潔でわかりやすい説明は、専門家の解説にはでてこない。
なんだか、うれしくなって、愉しい気持ちのまま六本木を後にした。
写真1:図録『大英博物館 古代エジプト展』の表紙(近藤二郎/監修・筆、朝日新聞社・他、2012.7)写真2:巻かれていたときの「グリーンフィールド・パピルス」(展示会図録より)
写真3:「グリーンフィールド・パピルス」が展示されている会場の様子(ブログ「merryの徒然日記」より)
写真4:死者がオシリス神に礼拝する場面(展示会図録より)
写真5:葬送行列の場面(展示会図録より)
写真6:口開けの儀式の場面(展示会図録より)
写真7:危険な動物を撃退する場面(展示会図録より)
写真8:審判の場面(展示会図録より)
写真9:イアルの野の場面(展示会図録より)
写真10:天と地のはじまりの場面(展示会図録より)
(注:掲載「グリーンフィールド・パピルス」の縮尺は不同)
(蛇足:ドラクエとはテレビゲームのドラゴンクエストのことである。)
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