館長だより 第131号
館長だより 第131号

安本作品 あれこれ(30)

2019/05/05

   ☆『歴史読本』での掲載論文

 『歴史読本』は新人物往来社より刊行されていた歴史専門の月刊誌である。

 同誌は旧社名、人物往来社時代に出版されていた雑誌の『人物往来』の歴史特集号・『特集・人物往来』が、好評を得て『歴史読本』と改題されたものである。

 創刊は1956年で、2008年に株式会社中経出版に引き継がれ、更に角川グループの傘下に入り、2015年秋号を最後に休刊となっている。

 59年の歴史に幕が下ろされた。『歴読』よ、お前もか!

 現在は、KADOKAWAがカラーページを充実させた「別冊歴史読本」の刊行や単行本「歴史読本BOOKS」シリーズを新たに創刊していくとしている。


 その『歴史読本』の1969年(S44)6月号のなかに安本美典「数理文献学と卑弥呼」がある。

 本号の特集は「13の邪馬台国」である。

 安本先生は、『科学朝日』(1965)に「日本のあけぼのを推理する」を発表している。(館長だより第34号参照)

 それ以来、毎年各種の雑誌に古代史研究の論文を著わしている。

 本稿もその一連の作品であり、安本先生の古代史関係の初期の論考のひとつである。

 表題にキャプションが付いている。

  〈古代史の探求には数理文献学による新しい視点が必要だ
   ――文献批判学の盲点を衝く新提案!〉

 見出しには方法論に関して、「論述の姿勢」「よい論理」「現代の公理主義」とある。

 古代史の検証には図表を添えて、「邪馬台国への道」「卑弥呼と天照大御神」とある。

 つぎに東大の護雅夫氏への反論として、「批判に答える」「実証主義的文献批判学の限界」とある。

 最後にまとめがある。

  〈邪馬台国の問題は、現在、混迷のなかにある。
   しかし、それは、現代の科学方法論の射程外の問題であるためではないように思われる。
   (中略)
   そして、邪馬台国がどこに存在したか、の問題などは、人間(研究者)の外部世界の問題として
   とりあつかうことが、かなりのていど可能であると考えているものである。〉


 以下に私が知りえた安本先生の論考が掲載されている『歴史読本』を列記する。

 但し、別冊と特別増刊の『歴史読本』は、製作や装丁が異なるので、次号にまわす。


 1969.5.10 S44-6月号・14-6    数理文献学と卑弥呼(図1)

 1982.4.10 S57-4月号・27-5(347) 邪馬台国10の謎(図2)

  本号の特集は〔古代史疑100〕で、「青銅器10の謎」「装飾古墳10の謎」などの一つとして安本先生が邪馬台国を担当している。
  その中には、「邪馬台」は「ヤマト」か、三角縁神獣鏡は邪馬台国の鏡か、当時の一里の長さは、などがある。

 1982.9.10 S57-9月号・27-12(354) 〔邪馬台国ツアー参加者論文発表!〕についての講評/安本美典(図3)

  本号は、歴史読本編集部ほかが主催した「北九州邪馬台国研究の旅の参加者による論文に関してである。
  論文の選考をした安本先生が中学2年生の三上喜孝さんの「邪馬台国はなぜ東遷したか」を講評している。

 1984.6.10 S59-6月号・29-10(388)大和朝廷は邪馬台国が東遷したものである(臨時増刊号)(図4)

  本号の特集〔古代天皇家はどこから来たか〕に9人の論客が主張する。
  鳥越憲三郎、岡田英弘、古田武彦などがいる。
  そのなかで安本先生は邪馬台国東遷説を、今までの著作を基に九つの要点にまとめ、論述する。

 1984.9.10 S59-9月号・29-14(392)〔三大特集史論 いま何が問題なのか?〕邪馬台国への道―『魏志倭人伝』の解釈(図5)

  邪馬台国問題で論争になっているいろいろな論点を取り上げている。
  行程は順次式か放射式か・短里か長里か・中国人は九州を北、畿内を南と思っていたのか などなどである。
  安本作品とは関係ないが、三木太郎の「全訳 魏志倭人伝」と「魏志倭人伝の字音一覧」が掲載されている。(私にはうれしい)

 1988.12.1 S63-12月号・33-23(490)古田武彦VS.安本美典 特別シンポジウム「邪馬台国」大論争 レポーター:岡本顕実(図6)

  昭和63年4月に福岡市でシンポジウム「古代日本国家成立の謎を解く」が開催された。
  古田武彦VS安本美典、八年ぶりの公開での対決である。
  詳細は第102号で紹介しているので、乞う、第102号参照
  なお、シンポジウムのカラーグラビアが、『歴史読本』の S63-7月号に掲載されている。

 1989.9.1  H元-9月号・34-17(508)〔邪馬台国はどこまで見えてきたのか〕「邪馬台国東遷説」から見た吉野ヶ里(図7)

  本号の特集は、解明「吉野ケ里遺跡」の世紀 である。
  多くの研究者が、いろいろな角度から吉野ケ里遺跡を検証している。
  安本先生は、「邪馬台国東遷説」の証拠といえることがらが吉野ケ里遺跡からわかるという。
  墳墓の築造法の伝統、祭祀遺構、鏡の埋納、三種の神器などである。

 2014.5.24 H26-7月号・59-7(901) 9人の卑弥呼/天照大御神説 統計学的年代論で導き出す、最高神の活躍した時代(図8)

  本号の発行所は、新人物往来社からKADOKAWAとなっている。
  これも時の流れというものであろうか。
  9人の卑弥呼には、甕依姫説、九州の巫女王説、出雲族説、など、あまり見かけない説も入っている。
  原田実の外国人説は、卑弥呼は公孫氏?独自の展開をみせる卑弥呼像 とある。
  安本先生は、従来から一ミリもぶれずに天照大御神説である。
  四世紀毎や時代別の天皇の平均在位年数、グラフからみる天皇の没年のライン傾向、有力候補5人の活躍年代の区間推定などの図を掲載している。


 今回、安本作品掲載の『歴史読本』月刊分を八冊紹介した。

 雑誌に掲載されている文章量は限られているが、いずれの論考も的確で鋭く自説を述べている。

 読者にとっては、毎月、このようにテーマごとに多説を比較しながら読めることはありがたい。

 その歴史専門雑誌の雄、『歴史読本』が廃刊になったことは誠に残念である。

 しかし、出版社が変わり、形態も別冊式に変わって、定期的な刊行でなくても存続されるという。

 中経出版、KADOKAWAに今後の活躍を期待したい。


 「数理文献学と卑弥呼」を以下に掲載する。

 【1 P44・45】  【2 P46・47】  【3 P48・49】  【4 P50・51】

 【5 P52・53】  【6 P54・55】  【7 P56・57】  【8 P58・59】


  挿図1:『歴史読本』(S44-6月号/14-6・新人物往来社)の表紙

  挿図2:『歴史読本』(S57-4月号/27-5(347)・新人物往来社)の表紙

  挿図3:『歴史読本』(S57-9月号/27-12(354)・新人物往来社)の表紙

  挿図4:『歴史読本』(S59-6月臨時増刊号/29-10(388)・新人物往来社)の表紙

  挿図5:『歴史読本』(S59-9月号/29-14(392)・新人物往来社)の表紙

  挿図6:『歴史読本』(S63-12月号/33-23(490)・新人物往来社)の表紙

  挿図7:『歴史読本』(H元-9月号/34-17(508)・新人物往来社)の表紙

  挿図8:『歴史読本』(H26-7月号/59-7(901)・新人物往来社)の表紙


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